本記事の対象読者と前提
本記事は、生成AI、システム開発、経営、業務改善などに関わる実務者を対象としている。
前回の記事では、「課題空間」という概念について整理した。
課題空間とは、
解くべき問題の候補が存在する領域
であり、
解空間とは、
定義された問題に対する解決策の候補が存在する領域
である。
そして、
AIは主に解空間の探索と最適化を得意とする
という考え方を示した。
しかし、ここで一つの疑問が残る。
同じ事実を見ているにもかかわらず、
なぜ人によって異なる課題空間が生まれるのだろうか。
本記事では、
課題空間を選択する主体としての人間
に焦点を当てて考察したい。
1. 前回の振り返り
1.1 課題空間とは何か
前回の記事では、
課題空間とは、
何を問題として扱うかを定義する領域
であると整理した。
例えば、
売上が下がった
という事実があったとしても、
集客が問題なのか、
商品が問題なのか、
価格が問題なのか、
市場環境が問題なのか、
それだけでは決まらない。
人はその中から、
何を問題として扱うのか
を選択する必要がある。
1.2 AIが強いのは定義済み課題空間である
囲碁AIであるAlphaGoは、
囲碁という世界で人間を超える成果を示した。
しかし、
囲碁には最初から、
- ルール
- 合法手
- 勝敗条件
- 評価軸
が定義されている。
AIは、
何を解くべきか
を決めていたわけではない。
与えられた問題に対して、
最適な解を探索していたのである。
1.3 実務では課題空間を選ぶ必要がある
一方で実務は異なる。
実務では、
何を問題とするべきか
が最初から定義されていないことが多い。
そして、
ここに人間の判断が介在する。
つまり実務とは、
解決策を考える前に、
問題そのものを選択する営みでもあるのである。
2. 同じ事実から、なぜ違う課題が生まれるのか
2.1 売上低下をどう見るか
例えば、
売上が前年比で20%低下したとする。
この事実自体は変わらない。
しかし、
営業担当者は集客不足を疑うかもしれない。
商品開発担当者は商品力不足を疑うかもしれない。
経営者は市場変化を疑うかもしれない。
見ている事実は同じである。
しかし、
選択する課題は異なる。
2.2 システム障害をどう見るか
システム障害も同じである。
障害が発生したという事実に対して、
開発者は実装品質を問題視するかもしれない。
運用担当者は監視体制を問題視するかもしれない。
経営者は事業継続性を問題視するかもしれない。
どれも間違いではない。
ただし、
どの課題を選ぶかによって、
その後の解決策は大きく変わる。
2.3 事実は同じでも、意味づけが違う
ここで重要なのは、
事実と課題は同じではない
ということである。
事実は観測できる。
しかし、
課題は解釈によって生まれる。
つまり、
課題空間とは、
事実そのものではなく、
事実に意味を与える過程によって形成されるのである。
3. 課題空間の選択には価値判断が含まれる
ここで言う価値判断とは、
好き嫌いのような個人的嗜好を意味するものではない。
本記事では、
- 何を重要とみなし、
- 何を成功とみなし、
- 何を優先するのか
という評価軸の選択を指している。
言い換えれば、
価値判断とは、
目的関数を選択する行為である。
3.1 何を守るのか
課題空間を定義するということは、
何を守るのかを決めることである。
利益を守るのか。
顧客体験を守るのか。
品質を守るのか。
従業員を守るのか。
その選択によって、
問題の見え方は変化する。
3.2 何を捨てるのか
同時に、
何を優先しないかも決める必要がある。
すべてを守ることはできない。
時間も予算も人員も有限だからである。
課題空間の定義とは、
選択であると同時に、
切り捨てでもある。
3.3 何を成功とみなすのか
さらに、
成功の定義も価値判断を含む。
売上最大化なのか。
利益最大化なのか。
顧客満足度向上なのか。
長期的な持続可能性なのか。
成功条件が変われば、
課題空間も変わる。
つまり、
課題空間の定義とは、
価値判断の反映でもあるのである。
4. AIは課題空間を発見できても、選択できるのか
4.1 候補提示と意思決定は違う
生成AIは、
膨大な情報の中から、
考えられる課題候補を提示できる。
これは非常に強力な能力である。
しかし、
候補を提示することと、
その中から選択することは別である。
4.2 最適化には目的関数が必要である
AIが最適化を行うためには、
目的関数が必要である。
囲碁なら勝利。
大学入試なら高得点。
推薦システムならクリック率。
しかし、
目的関数そのものは誰かが決めなければならない。
4.3 目的関数そのものは誰が選ぶのか
ここで再び課題空間に戻る。
何を成功とみなすのか。
何を重要とみなすのか。
何を問題とみなすのか。
これらは、
探索の問題ではなく、
選択の問題である。
そしてその選択には、
責任が伴う。
もちろん、
現代の生成AIも、
与えられた目的関数に基づいて課題候補を提案することはできる。
また、
一定の範囲であれば、
人間から委任された目的に従って意思決定を行うことも可能である。
しかし、
何を成功とみなすのか。
どの目的関数を採用するのか。
その選択によって生じる結果に対して、
誰が説明責任を負うのか。
という問題は別である。
本記事で述べているのは、
現時点の生成AIが課題候補を発見できないという意味ではない。
課題空間の最終的な選択と、
その結果に対する責任の引受は、
依然として人間に残るという意味である。
5. 意味の起点としての人間
5.1 なぜ人は異なる課題を選ぶのか
ここまで見てきたように、
課題空間は事実から自動的に決まるわけではない。
人は、
- 経験
- 立場
- 価値観
- 責任
によって、
異なる課題を選択する。
5.2 意味はどこから立ち上がるのか
同じ事実を見ても、
人によって意味づけが異なる。
そこには、
論理だけでは説明しきれない何かが存在しているように思える。
私たちは、
なぜその問題を重要だと感じるのだろうか。
なぜ改善したいと思うのだろうか。
その問いは、
単なる問題解決論を超えて、
人間そのものの理解へとつながっていく。
ここで重要なのは、
価値判断そのものも、
さらに深い何かから生まれている可能性があることである。
なぜ私たちは、
ある問題を重要だと感じるのだろうか。
なぜ同じ事実を見ても、
異なる意味を見出すのだろうか。
課題空間を選択する以前に、
意味そのものが立ち上がる起点が存在するように思える。
5.3 次回に向けて
本記事では、
課題空間の選択には価値判断が含まれることを整理した。
しかし、
さらに一歩踏み込むと、
そもそも価値判断はどこから生まれるのか
という問いが現れる。
私はその起点を、
意味の起点
あるいは、
ファーストインプット
と呼んでいる。
次回は、
なぜ人間は問題を問題として認識するのか。
そして、
その意味の起点はどこから生まれるのかについて考察したい。
実務で課題空間を考えるための問い
最後に、
私自身が実務で課題空間を整理するときに意識している問いを紹介したい。
事実は何か。
その事実をどのように解釈しているのか。
何を成功とみなしているのか。
何を守ろうとしているのか。
そして、
その選択によって生じる結果に対して、
誰が責任を負うのか。
解決策を考える前に、
これらの問いを整理するだけでも、
課題空間の見え方は大きく変わる。
おわりに
前回の記事では、
課題空間とは何か
を整理した。
そして本記事では、
課題空間は誰によって選ばれるのか
を考察した。
同じ事実を見ても、
人によって異なる課題が生まれる。
そこには、
- 価値観
- 立場
- 責任
といった要素が存在する。
AIは課題候補の発見を支援できる。
しかし、
何を問題として扱うのかを選択することは、
依然として人間の役割である。
AI時代において重要なのは、
答えを出すことだけではない。
何を問うべきかを考えることでもある。
そしてその問いは、
人間という存在そのものへとつながっていくのである。